2010年1月5日 

新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。最近多忙のためにHPの更新が遅れてしまい申し訳ございません。一部の読者の方からお叱りを受けました。今年は頑張って去年よりも頻繁に更新を行いますのでなにとぞよろしくお願い申し上げます。

なお私はMIXIにも実名で記事を公開しておりますのでMIXIをやっていらっしゃる方はそちらも是非ご覧になって下さい。

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ロベルト・エンケの死

11月10日の夕刻、ニーダーザクセン州の小さな町で、一人のサッカー選手が線路に横たわり鉄道自殺を遂げた。ロベルト・エンケ、32歳。ブンデスリーガだけでなく、ドイツ・ナショナル・チームでも国民に人気があった名ゴールキーパーである。

このニュースはドイツ市民にとって、今年最も強いショックと悲しみを与えた出来事であろう。11月15日にハノーバーのサッカー競技場で行われた追悼式に、4万人もの市民が参加したことは、ヒーローの死が人々に与えた衝撃を浮き彫りにしている。

エンケの死後、人々は彼が2003年から鬱病の治療を受けていたことを初めて知った。この事実を知っていたのは、家族と医師だけだった。エンケは「自分が鬱病であることが世間に知れたら、サッカー選手としての経歴は終わりだ」と思い込んでいたのである。このため彼は治療を受けている事実を世間に対して隠し通した。

妻や心理療法のセラピストである父親は、エンケを救うために必死の努力をした。「サッカーだけが人生ではない。他の事をやっても生きていけるではないか」という言葉も、追いつめられたエンケを救うことはできなかった。幼い娘が心臓病で亡くなったことも、彼の絶望感に追い打ちをかけた。

?Wir dachten halt auch, mit Liebe geht das. Aber man schafft es doch nicht immer.“(私たちは愛情があればうまくいくと思いました。しかし、うまくいかないこともあるのです)という妻の言葉は、人々の涙を誘った。

ドイツではエンケの死をきっかけに、鬱病についての議論も活発に行われている。この国では約400万人が鬱病に悩んでおり、その内約4%が自ら死を選ぶといわれている。鬱病の患者が増える背景には、社会のプレッシャーの増大がある。学校や職場でも競争は激しくなる一方で、短時間に具体的な成果を出すことが求められる。ITの普及によって仕事の効率が高まったことは事実だが、勤労者のストレスは増大する傾向にある。

経済のグローバル化によって職場の安定感も失われ、いつリストラが行われるか、いつ自分の会社が他社に買収されるかわからない。先行きの不透明感は高まる一方だ。

ある医師は「鬱病は特殊な病気ではなく、だれでもかかる可能性がある。したがってそうした症状があることを隠さずに、治療を受けるべきだ」と言う。

有名なスポーツ選手は映画スターと同じで、常にマスコミとファンから注目されている。「失敗してはいけない」、「病気であることが知られてはならない」という重圧感が、エンケを袋小路に追い込んでいった可能性がある。彼は完全主義者だったのかもしれない。鬱病を防ぐには、「これに失敗しても別の道がある」、「自分はこれができなくても、別のことは得意だ」という楽観的な気持ちを持つことも重要だ。問題に直面したら「これは自分へのチャレンジであり、必ず解決方法がある」と前向きに考えよう。

ドイツでは去年9331人が自殺した。日本では、1998年から毎年3万人を超える市民が自ら死を選んでいる。OECD(経済開発協力機構)加盟国の中で、日本の自殺率(10万人あたりの自殺者数)は最も高い。エンケを死に追い込んだプレッシャーは、全ての市民にとって他人事ではない。

筆者ホームページ http://www.tkumagai.de